尾張名古屋の名古屋城とまったく同じ読み方のお城が九州にある。
肥前(佐賀)名護屋城。
豊臣秀吉が朝鮮出兵のために築いた城で、
全国から有力大名ふくめ 20万人が集結した“戦国の首都” とも言える場所。
戦国時代ファンなら涙ものの聖地。
ここ数年、秋には 名護屋城大茶会 という大きなイベントが開かれていて、
実は昨年もエントリーしていたのだが、仕事の都合で来られなかった。あの歴史研究家の磯田先生が来ていたというのに……。
■ 名護屋城へ行くなら(旅の準備)
名護屋城は広大で、周辺も見どころが多いのだが、公共交通機関がバスしかないので 宿泊+レンタカー が非常に便利だ。
特に 呼子のイカ は絶品なので、
「名護屋城 → 呼子ランチ」の流れは個人的に最強ルート。
■ 名護屋城の“450年前”に触れる旅
ここに来るのは、たぶん4回か5回目。
天守台から見る景色は 450年前、秀吉が見た景色とまったく同じ。
それだけで十分にロマンを感じずにはいられない。
徳川家康、前田利家、石田三成、宇喜多秀家……。
戦国オールスターの陣屋跡が点在する圧倒的な歴史空間。
秀吉が朝鮮出兵を決めて築城し、亡くなって廃城となるまでわずか7年。
その短い時間、天下の号令はすべて名護屋城から発されていた。
すごい場所。
本当にすごい場所なのに、今は静かな“城跡”となっている。
島原の乱のあと、反乱に悪用されては困るという理由で
幕府が破壊を命じたため、石垣は崩れたまま。
だから普通の人が巡ると
「見るものも少ない、呼子でイカ食って帰ろう」となるかもしれない。
でも……それは、あまりにももったいない。
■ ここで起きた物語を知ると景色が変わる
たとえば大河ドラマ『真田丸』で、
秀吉が「アージーヨーシのウーリ 召され候〜♪」と歌ったあの場面。
あれは まさしく名護屋城のはなし 。
加藤清正が石田三成に詰め寄るあの名シーン。
これが“関ヶ原への伏線”にもなる重要な出来事。
あれも この名護屋城で起きた現実の歴史。
秀吉が残した建造物で現存するのは、
ここ名護屋城だけ と言われている。
歴史が好きな方なら、必ず訪れてみてほしい。
400年前の空気がまだまだここは息づいている。
■ 名護屋城で得られるもの
ここに来たら、ぜひ プロのガイドさん にお願いすると良いと思う。
今回のイベントでは天守台まで60分。
戦国時代のメッセージを聞かせてくれるツアーが 500円 だった。
天守台近くでは 高橋英樹さんのトークショー。
下山して博物館では 小和田先生の講義。
戦国好きには天国のような一日。
気がつけば 7時間近く 滞在していた。ありがとう、名護屋城。また訪れたい城跡だ。
■ 名護屋城に行く前に読んでおきたい本
戦国ファンの理解が深まる書籍。機会があれば読んでみて。
読んでから現地に行くと、見える風景が変わります。
■ 名護屋城周辺の宿(おすすめ)
特に 呼子・唐津エリアは食も景色も素晴らしい。呼子の朝市で新鮮なイカを楽しむのが定番。
■ レンタカーのすすめ
名護屋城は唐津から30分位離れてて、JR唐津駅からバスもありますが、近くの武将達が張った陣などを巡るにも坂が多く、周辺スポットが少々離れているのでレンタカーがあると旅が圧倒的に自由 になります。
■ まとめ
秀吉が見た景色と同じ空気の中を歩ける場所。
戦国の息遣い、会話、企み、野望が渦巻いた場所。
名護屋城は“ただの城跡”ではありません。
読む歴史から、歩く歴史へ変わる瞬間がここにあります。
また来よう。
ありがとう名護屋城。